トランプの無頓着

6月1日トランプ大統領は北朝鮮の金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長とワシントン・ホワイトハウスで会談した。席上金英哲氏から金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の親書を受け取った。協議の内容は6月12日のトランプ・金正恩会談の事前準備で北朝鮮の非核化、ミサイル問題・北朝鮮の体制保証などである。この金英哲との協議で一つ問題があっ…
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誕生日雑考

「歴史とはなにか」〈岡田英弘著・文藝春秋〉を読むと東アジアで《誕生日》の観念が発生したのは、記録にある限りでは唐の玄宗皇帝 「[685~762]中国、唐の第6代皇帝 」で、729年に自分の誕生日をもって祝日としたことに始まる。その名称は千秋節のち天長節と呼ばれた。今でも誕生日を祝うことは古今東西変わらない。 誕生日は親から教えて貰…
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外国人らしくない栃の心

日本相撲協会は5月30日(2018/05/30)東京・両国国技館で大相撲名古屋場所の番付編成会議と臨時理事会を開き、関脇・栃ノ心(30=春日野部屋)の大関昇進を満場一致で決めた。都内の同部屋で行われた昇進伝達式では、栃ノ心が「謹んで、お受けいたします。親方の教えを守り、力士の手本となるように稽古に精進します」と自分の言葉で口上を述べ、決…
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北朝鮮の喫緊の問題。非核にあらず、金正恩の健康。

私は先日、北朝鮮の金正恩委員長の報道写真を見て“何、これ!”と呟いた。近年また太ったナとの驚きである。顎、頬、首、腕がブヨブヨの激太なのである。体重はネットで見ると130kgだとも言われているそうだ。2,3年前は120kgといわれていた。 この体では政務も覚束ない。こう太っていては気の利いた才覚もそうは回らないだろう。年齢は正確には分…
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『世論とメディア』⑥

ヴェルサイユ条約は、1919年6月28日にフランスのヴェルサイユで調印された、第一次世界大戦における連合国とドイツの間で締結された講和条約。1916年12月12日、ドイツ帝国が和平の探りを入れるために覚書を発表すると、12月18日に中立国であったアメリカ合衆国大統領ウッドロウ・ウィルソンは平和覚書を発表し、和平仲介を買って出た。しかしこ…
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『絵画について』

〈リップマン『世論』より〉~何処にも当てはめるつもりはないが、捨てがたい文章~ 従来、絵画はある観念を伝えるための持っても確実な手段であった。そして、記憶の中にある画像を呼び起こす言葉は二番目の手段であった。しかしこうして伝達された観念は、その画像の一部と自分が一体であると感じるようになって初めて完全に自分のものになるのである。…
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『世論とメディア』⑤

視点を変えるとメディアの在り方と非常に密着した〈民主制〉の問題があります。この〈民主制〉におおよその見通しを立てていた人がいる。アレクシ・ド・トクヴィル(1805-1859フランスの政治思想家。著書『アメリカのデモクラシー』など)という人で民主制がどういうふうにしたら上手く回るかといったことを考えました。国家と個人の間にある領域に《中間…
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『世論とメディア』④

先回話しでたまたま不正直な日本人に連続して出くわしてこのステレオタイプが強化されると、正直な日本人に会ってもこのステレオタイプは必ずしも壊れません。これまでのステレオタイプを堅持して、この日本人は正直者を装っているのではないかと考えてしまうのです。何か先に我々の中にあるイメージがありそのイメージに影響を受けると、イメージと異なるもの、そ…
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『副詞について』

〈リップマン『世論』より〉~何処にも当てはめるつもりはないが、捨てがたい文章~ 結局のところ一切は悪いものばかりの体系、さもなければ善いものばかりの体系の中に織り込まれてしまうのが普通である。その時我々の絶対性嗜好が現れる。我々は意味に条件をつける副詞を好まない。そうした副詞は文章をごたごたにし厳とした感じを損なうのである。我々は…
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『世論とメディア』③

ここでリップマンは家系図というものを例にだす。 ある男は家系について次のような考えを持っていた。 『家系図というものは普通は、あるひと組の夫婦、望むらくはノルマンの征服のような名誉ある事件に関わりがあるような夫婦を始祖として据える。その夫婦には先祖が与えられない。彼らは人の子でないわけだ。しかし、彼らだって彼らの先祖の子孫であったに…
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『世論とメディア』②

この著はアメリカで1922年に発行され大変有名になった。例えば政治家が気にする《よろんは今どっちを向いているか》と問うとき、そもそも世論とは一体何なのかを知らなければならない。辞書を引くと“世間一般の人々に共通した意見”とある。これが私たちが思っている大方の考え方で、この大衆の意見がどうやって作られていくのか、この過程をリップマンは詳細…
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『世論とメディア』①

平成30年3月17日(日) にNHKテレビEテレで『100分deメディア論』が放映された。NHKもメディア界の最たるものであるからメディアとは何か、メディアはどうあるべきかという〈メディア論〉はNHKも避けては通れない。この関門にNHKはあろう事か果敢にも挑戦しメディア論をぶった。 〈メディアと私たちのこれまでとこれからを見つめます…
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「広辞苑先生『語源をさぐる』」②【お尻の用心】

この「広辞苑先生『語源をさぐる』」序文によると二十八日は「お尻の用心」の日なのだそうで明治の世までは「お尻の用心!お尻の御用心」と童謡に謳われていたらしい。如何にして二十八日が「お尻の用心」の日なのかは序文に書かれていない。私などはこれだけで何故二十八日が「お尻の用心」の日なのか知りたくなる。 そもそも「お尻の用心」とはどのような意味…
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「広辞苑先生『語源をさぐる』」①

先日塩釜市民図書館から表記の本を借りてきた。借りる時は手に取りパラパラとめくって“フムフム面白そうだ”と思って借りたのだが家に帰るとビックリ。前に借りていた本が山積みになっている。図書館の本の貸出期間は2週間である。この本はとても読めそうにないと呟いた。私のこの様なケースは稀ではなく、頻繁にあることで時には家に2週間泊まって戴いてそ…
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「大地の子」誕生秘話(5)

この第3回会見の僅か3ヶ月後の1987年1月16日の政治局拡大会議で胡耀邦は総書記を解任され、その2年後1989年4月、将に坂道を転げ落ちるような境遇の中で失意のうちに死亡した。73歳だった。作品の完成を見届けることは出来ず、山崎との約束の5年にまだ2年半残っていた。 訃報に接した山崎はすぐ中国へ飛び唯々慰霊の前で…
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〈バックして助走をつける〉

作家の故色川武大が負け込んで苦しんだ時の対処法を随想で説いている。「バックして助走をつけてくれば、飛び越えられたかも」(自著『うらおもて人生』)またマリーンズのイチロー選手は「壁というのは出来る人にしかやってこない。越えられる可能性がある人にしかやってこない。だから壁がある時はチャンスだと思っている」 東北の地方紙「河北新報」の『河北…
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「大地の子」誕生秘話(4)

山崎の目は次第に養父母の方へと向けられて行く。かっての敵国の子供に愛情を注いで育てた養父母たち。 「(子どもに)日本に帰りたいと言われた時、どんな気持ちでしたか」 山崎は心に重荷を感じながらもこう質問する。 養父母の思いはさまざまだった。ある養父母はこう答える。 「『恩知らず』と喚きました。可愛くて離せません」 別の養父母はま…
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【新潟女児殺害事件】考②

上野正彦(元東京都監察医務院長)氏著「法医学事件簿」〈中公新書ラクレ・2018年3月〉によると変死体が見つかった時、検死を医師が行う。死体検案は、基本的には死体が発見された現場で行う。着衣を脱がせて全裸にするなどして表面から監察する。死斑の状態や死体硬直の度合いなどを調べ、外傷などの異常はないかを全身くまなくチェックする。その後必要があ…
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【新潟女児殺害事件】考①

新潟市立小針小2年大桃珠生(たまき)さん(7)が殺害された。読売新聞・他によると 【遺体は自宅近くのJRの線路に遺棄され、同市西区小針上山、会社員小林遼はるか容疑者(23)が、死体遺棄・損壊容疑で逮捕された。小林容疑者は珠生さんを連れ去った後、絞殺し遺体を遺棄するまでの行動について、「車で市内を走っていた」と供述。同日午後10時19~…
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「大地の子」誕生秘話(3)

当時外国人の中国取材は厳しく制限されていた。まして外国の作家が中国共産党トップと会見することは極めて異例だった。山崎は旧満州・中国東北部で残された孤児を訪ね歩いた。だが間もなく山崎の取材は壁にぶち当たる。 胡は「中国を美しく見る必要はない」と言ってくれ、「山崎さんが“会いたい”と言ったら会いなさいと私(胡)が言ったと彼らに伝えなさい」…
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