『世論とメディア』①

平成30年3月17日(日) にNHKテレビEテレで『100分deメディア論』が放映された。NHKもメディア界の最たるものであるからメディアとは何か、メディアはどうあるべきかという〈メディア論〉はNHKも避けては通れない。この関門にNHKはあろう事か果敢にも挑戦しメディア論をぶった。
〈メディアと私たちのこれまでとこれからを見つめます〉という番組制作者の言葉が載っていたが、おそらく自ら火の粉を被る覚悟であっただろう。我々は現在多彩なメディアに戸惑い憂いつつも、この中から一縷の拠り所を探している。この拠り所を望むメディアに関心のある者にとっては良い道標であった。加えて堪らなく背筋がぞくぞくする番組であった。NHKならではの企画と拍手を送りたい。

番組では「時代は私たちのテレビ視聴習慣や紙メディアへの接し方を大きく変えつつある。こんな状況にあって私たちはメディアとどう向き合っていけばよいのか」の問いに答えを模索する。
古今東西の名著では、すでにこうした現状を予言していたような洞察が数多くなされている。出席者によってこの難解な名著を易しく読み解いてゆく。出席した作家、ジャーナリスト、社会学者、政治学者などの各氏がさまざまな視点から《激変するメディアとどう向き合うか》を探る。
出演者
【講師】ジャーナリスト堤未果。東京工業大学リベラルアーツ研究教育中島岳志。社会学者大澤真幸。作家/明治大学教授高橋源一郎。
【司会】伊集院光、島津有理子
【朗読】滝藤賢一
【語り】小口貴子
出席の4人と取り上げた本は次の一冊である。
堤未果、ウォルター・リップマン著『世論』(1922)。中島岳志氏エドワード・W・サイード『イスラム報道』。大澤真幸氏『「空気」の研究』。高橋源一郎氏『一九八四年』。

この番組は反響が大きく放送されて間もなく再放送の日程が決まったという。100分番組は大型の番組でおいそれと再放の枠が取れないものであるらしく短期日に決まったことに番組関係者も反響の大きさに驚いているという。
番組は4人の論者がデーブルを囲んでメディアについて話し合った番組で各人これぞという一冊の本を取り上げてメディアを論じたものでる。内容的には白熱した議論もクライマックスもない。各人は取り上げた“名著”の内容を淡々と紹介し現代のメディアの本質を炙り出す。それだけに憂いは深いと言えるだろう。
メディア論は結局はメディアのシャワーを浴びて生きている現代人に、そして自分に行き着く。口から摂取する食べ物が自分の構成要素であるとすれば、我々はメディアを摂取して自分の考えや頭脳を作っている。「霞を食って生きる」の諺どうりに生きたとしても“霞”では我々は自分の考えを構成することは出来ない。
“自分の精神は何(なに)で出来ているのだろう”と自分に関心を持ち疑問を持つと、自分の中に巣くう“メディア”という黒幕の存在に気付かされる。日頃メディアの洪水に曝されている我々にとってこの番組『100分deメディア論』はメディアの洪水に流されない真の自分の発見のための大きな拠り所となるものであった。

我々が各々自分の考えを持つに至る過程はどのようなものなのであろうか。我々は自分の考えが自分自身の自由の意思の元に作られ維持されていると思っている。しかし、実際には周囲の環境世界から多くの影響を受けて自分というものを作りあげている。
ここでは『世論とメディア』と題してウォルター・リップマン著『世論』(1922)を堤未果氏の解説で解読し、自分の考えがどのような過程で形成されるのかを考えてみたい。
つづく。
2018年5月22日 直 晴児

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