『副詞について』

〈リップマン『世論』より〉~何処にも当てはめるつもりはないが、捨てがたい文章~

結局のところ一切は悪いものばかりの体系、さもなければ善いものばかりの体系の中に織り込まれてしまうのが普通である。その時我々の絶対性嗜好が現れる。我々は意味に条件をつける副詞を好まない。そうした副詞は文章をごたごたにし厳とした感じを損なうのである。我々はより多くというよりも、もっと多く、より少なくと言うよりも、もっと少なく、と言う表現を好み、むしろ、たぶん、もし、あるいは、しかし、だいたい、充分ではないが、殆ど、一時的に、部分的に、といった語を嫌う。しかし、公共の事柄に関する殆ど全ての意見は、この種の単語をどれか使うことによって圧力を抜く必要がある。しかし、我々が自由でいるときは、一切が条件による限定を受けず、絶対的な行動をしようとする。百パーセント、何処ででも、いつまでも、というふうに。(4932/211)
2018年5月26日 直 晴児

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック