『世論とメディア』⑤

視点を変えるとメディアの在り方と非常に密着した〈民主制〉の問題があります。この〈民主制〉におおよその見通しを立てていた人がいる。アレクシ・ド・トクヴィル(1805-1859フランスの政治思想家。著書『アメリカのデモクラシー』など)という人で民主制がどういうふうにしたら上手く回るかといったことを考えました。国家と個人の間にある領域に《中間共同体》というものを設けることが重要だといっている。こうすれば上手くいくというのが彼の議論であるが、結局のところその大衆化が進むと人々はこういう中間領域に行かず情報をマスメディアというところから得始める。マスメディアは大衆の気分に寄り添い相互補完関係になる。
「我々の意見は他人による報告や話しなどで自分が想像できるものから、教宣活動などあれこれつなぎ合わせて出来たものにならざるを得ない」

同じような疑似環境の者が同じようなステレオタイプを持ち同じような考えに至る。こうして「世論」は作られて行く。
こうなると何が起きるかというと、それを利用しようとする政治家が出現、多数者が大きな権限を持ち多数者の専制が起こり少数意見が無視される。やがて民主制は終わる。リップマンの『世論』でも大衆社会における民主制の限界を指摘している。民主主義の前提は大衆がそれぞれ情報を理性的に判断して公益を考えることだった。しかしリップマンは実際は違うと否定している。

この問題を鮮やかに浮かび上がらせたのが第一次世界大戦(1914-1918)だった。ヨーロッパ諸国の戦いに当時アメリカは中立の立場と取っていた。世論もこれを支持していた。ところが参戦はアメリカの国益になるという声が財界や政界から上がりついに時の大統領(ウッドロウ・ウィルソン)はドイツに宣戦布告します。当時大統領のブレーンの一人だったリップマンも戦争の大義を国民に伝える広報機関の設立に関与したのです。

政府はこの時期に全米に渡って殆ど一つの世論と呼んでもよいものを作り出そうと努力していた。そしてそれは戦争が続行している間は非常に大きな成功を収めていたのである。国際協調路線というものが整備されてその先に非常に民主的な国際社会というものがあると考えられたのである。それで国内世論を賛成の方に変えましょうと、政府が徹底的なプロパガンダ(教宣活動)をすることになる。大衆の感情を一つの方向に誘導した時にアメリカ国内が戦争ヒステリー状態になって、もう反対意見は出ないようにしようと言論統制の方へエスカレートしていくのです。
「なるほど、こういうふうにやると騙せるんだ」とリップマンはプロパガンダの当事者側でありながらさぞかし心寒いものを感じたと思うのです。ジャーナリストとして大衆操作の危険性も感じていた。だからこの時の経験から『世論』という本を書いたのです。リップマンは理知的にこの問題を探求した人でした。
2018年5月27日 直 晴児

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